マッドアマノ マッドアマノ

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製作背景
若手映画監督の輩出&インディペンデント映画をもっと面白くという目的のもと、映画WEBマガジンcinefilとインディペンデント映画製作ガチンコ・フィルムによる映画製作プロジェクト。

監督は、「横濱インディペンデント・フィルム・フェスティバル2016」で音楽賞&cinefil賞を受賞、抜擢された長棟航平。

ミュージックビデオで活躍する若手ディレクター 長棟航平が自らカメラを持ち、半世紀以上、風刺で権力と闘い続けた伝説のパロディスト マッド・アマノに密着する。
世界も世代も全く違うこの二人の邂逅はどんな物語を紡ぎ出すのか。

インディペンデントから生まれる、新しいドキュメンタリーにご期待ください。

製作陣には、六本木・西麻布の黎明期に数々のバー・飲食店をプロデュースし西麻布文化を創りあげたプロデューサー角章(cinefil代表)、インディペンデント映画製作を手掛ける飯塚冬酒(ガチンコ・フィルム)が名を連ねる。


マッド・アマノ

マッド・アマノ


1939年(昭和14年)7月28日生まれ。 東京出身。東京藝術大学美術学部工芸科図案計画卒(1962)。
・第24回文芸春秋漫画賞受賞(1978)、同年、米国、ロサンゼルスに家族とともに移住
・FOCUSの最終ページに「狂告の時代」と題してパロディー連載開始(1981)
 創刊以来、まる20年になる直前、休刊のため連載中止。(2001. 10)
・16年続いた著作権裁判(パロディー裁判)、和解成立。(1987)
・10年間の米国生活を終えて帰国(1988)
・有限会社ビッグバン設立
・「天下り新聞」発行
・薬害エイズ訴訟支援のため患者、中村敦夫氏らとともに厚生省前でアピール
・住専に対する公的資金投入に反対するデモとアピールを渋谷ハチ公前で行う
・都知事室前に設置されていた二つの彫刻(3億円)を「都民が観賞できる場所 に移転せよ」と石原都知事に要請。
 その結果、移転が実現。(1999.11)
・政治パロディーWebサイト「週刊蜃気楼」開設。(2000.5)
・長野県知事選で田中康夫候補を応援。(2000.10)
・Webサイト「週刊パロディー・タイムズ」開設(2002.10)
・住基ネット接続拒否運動。「ウシは10ケタ、ヒトは11ケタ」のTシャツデザイン
・「マイケル・ムーア監督に広島・長崎原爆投下記録映画を作ってもらおう署名運動」(2004.3)
・「劣化ウラン廃絶キャンペーン」
・Webサイト「The Parody Times」リニューアル開設。(2004.6)
・NHK衛星放送「熱中時間 忙中趣味あり」(2004.11.21)
・スカイ・パーフェクトTV特番「マッド・アマノのパロディー主義」(2005.2)など。
・ミシガン大学日本研究センターにて講演「原爆投下の責任を問う」(2006.1)
・月刊「創」、月刊「紙の爆弾」、季刊「EYEMASK」、経済専門誌「ZAITEN」、東京新聞(“嘲笑点”)、「十勝毎日」などにパロディーとコラム連載。「パロディって何なのさ」「リトルボーイとファットマン」、「謝罪の品格」、「原発のカラクリ」など著書多数。

MADMAN



長棟航平

長棟航平


1988年5月31日 兵庫県生まれ。
2011年 大阪芸術大学卒業制作映画「夜が終わる」でCINE VIS CINEMA2013 準グランプリ受賞。
2014年「みなと、かこ、げんざい」で第六回日本芸術センター映像グランプリ 新人賞、Kisssh-Kissssssh映画祭 映画祭特別賞を受賞。第15回ドイツ・ハンブルグ日本映画祭でも上映。
監督、撮影、編集を自分で行うプロジェクトclementine[video boutique]を立ち上げ、Walkings、TheROAMERS、空きっ腹に酒、LAZYgunsBRISKYなどのインディーズロックバンドのMVを多数手がける。


●監督からのメッセージ
マッドさんと初めてお会いしたときに、とても柔らかな優しい話し方をされる人だと思いました。
ただ、話す内容は毒っ気満載。一応カメラもちらっと回してたんですが、そんなこと言ったら使えないじゃないか!という話題ばかりで、僕はなんだかドキドキしていまいました。にこやかに、おもしろ可笑しく世論を批判するマッドさんの目は真っ直ぐ何かを捉えていて、失礼な言い方になってしまいますが「なんて不敵なじいさんなんだ!」と僕はパロディストマッドアマノに興味を持っていまいました。
僕がカメラを持ってマッドさんに密着します。真実とパロディと、マッドアマノと僕と、78歳と29歳のプロバガンダが交差する作品が作りたいです。
製作:cinefil & ガチンコ・フィルム